第29回日本時間生物学会(宇都宮大学)

第29回日本時間生物学会が宇都宮大学で開催されました。 12/11 追記

   今年の時間生物学会はSCN50周年であり(SCN: suprachiasmatic nucleus 視交叉上核)、哺乳類を研究対象としている研究者には節目の年である。SCN研究はSCN組織培養法の歴史でもある。SCN50周年であるが後述するように体内時計中枢としての発見からではない。個体をもちいたIn vivo のSCNの研究は1990頃まで数多くあったが、SCNのより詳細な機能解析は進んでいなかった。SCNの機能解析が大きく進んだのはSCN組織培養をもちいた研究の進歩によるところが大きい。

1972年にStephanやMoore らの研究室で脳内視床下部奥低にあるSCN付近を破壊すると生体の様々な日内リズムが消失することを発見した。そこでSCNを脳の中で入力と出力をナイフで切り離した状態で動物が、SCNの電気活動に24時間の電気活動リズムが継続するかどうか川村・井上のグループが、研究を行い依然SCNは24時間の電気活動リズムが維持されることを報告した(1979年)。これらは In Vivo の実験であるため、以上の報告だけではSCNが生体リズムをつくりだす体内時計中枢の証明には不十分であったまず脳内の他の部位に時計中枢が存在し、そこから分泌される液性の因子によりSCNに24時間の活動性をつくりだしている点が考えられた。すなわちSCNは他の脳部位に存在する体内時計中枢の単なる中継点である可能性があった。

 SCNが体内時計中枢であることを証明するには、SCNを生体から取り出し、SCN組織を培養した状態 (In vitro) でも電気活動に24時間の電気活動リズムが継続するかどうか証明することが、必要であった。ただ時代的に、1980年ごろは脳組織の組織培養が始まったころであり、SCNを組織培養するには、どのように脳をカットし、脳切片をどれくらいの厚さにすればいいのか、培養液はどうするかなど、いろいろ問題があった。当然 SCNの体内時計中枢を証明する最終手段なため世界中で競争になった。1982年に3つの研究室から論文がだされ、SCNを組織培養しても24時間の電気活動リズムが存在することでSCNが体内時計中枢であることが証明された柴田先生(現在早稲田大学、当時九州大学)、Gillete、Greenらが報告したが、柴田先生らは視神経を含んだ水平断面の組織もその後、作製し視神経からSCNへの伝達物質はgultamate であり、SCNのNMDA受容体が、光同調に関与していることも報告している。以上のことから柴田先生がSCN組織培養のパイオニアといっても過言ではない。このSCN組織培養の確立からこの後のSCN研究はSCN組織培養の歴史といっても良い。現在では、SCNの脳切片の作製は確立しており誰でもできるものであるが、ほとんどの基礎的情報はこの年代のものである。

 自分がSCNの研究を始めたのは、1990年で、当時九州大学で研究されていた柴田先生のもとで長期SCN組織培養の実験系の確立を始めた。SCN組織培養の報告から8年経っていたが、当時日本ではSCN組織培養は皆無に近い状況であり、時間生物学会は発足しておらず生物リズム研究会であった。1990年頃ではSCN組織の培養を3日程行いSCN機能解析を行っていたのは世界でもほとんどなくGillete らのグループが抜きんでていた。SCN内のペプチドがどのような役割をしているか、どの物質が位相変化をおこすかなどの研究である。大学4年時に研究室に入っての初めてのテーマがGillete らの培養法を確立してSCN機能解析だった。初めは全くうまくいかなったが始めて数か月後に、ある処理をすると必ずうまく培養でき電気活動リズムが計測できるようになったことを覚えている。Gilleteらも論文に記載はしてなく、自分らも論文に記載していないが組織培養では経験上発見することもある。組織から細胞にバラバラにする細胞培養ではある程度、方法が確立しており、こちらの方は論文はいろいろとある。1994年には SCNの組織回転培養法をもちいたVPの放出リズムが冨永先生・岡村先生らにより報告される。SCN組織回転培養法は、柴田先生のところで大学院生であった冨永先生が三菱化成生命研の井上先生のもとに国内留学(SCN内のペプチドの解析プロジェクト)された時に確立したものである。この組織培養法をより簡易的にしたものが現在イメージングで使用される静置培養法である。これらの培養法は神経シナプスが形成される前(出生から数日)に、切片を作製するのが基本であり、アダルトのマウスやラットを使用するものではない。イメージングでは切片の厚さが薄いほど良いのであるが、組織培養実験では自分の経験から切片作製時はある程度の厚さが必要であり、450~500μmが良いのではないかと思う。電気生理の刺激誘発フィールドポテンシャルの実験をすればよく分かるのであるが、切片作製時に切片がちょっとでもカーブしたり、曲がったりすると電気生理の実験がうまくいかなくなる(きれいなデータがとれない)。おそらくシナプスなどのところに影響がでるものと思われる。

   100μmなどでは組織が真っすぐな状態で作製するのはほぼできないが、もとともSCNのリズム性がシナプスを介した情報伝達を必要としない(シナプスが破壊されていてもOK)のであれば、イメージングだけに使用しても良いかもしれないが(データはとれる)、データの解釈は考量しなければならないと思われる。静置培養法も450μmあたりで切片を作製し、培養後1週間ほどで死んでいく細胞を除くことで切片の厚さが100μm以下くらいになりイメージングなどで最適になるが、通常の組織培養にもちいるような細胞の3次元性の構造が維持されているとは考えにくい。組織回転培養法も2次元的に細胞が広がっていく(細胞の平坦化)ためIn vivoの個体内にある組織の3次元性を維持しているとは言い難いため、データの解釈もいろいろと考慮する必要がある。そのため切片の厚さが必要である。

   1998年に哺乳動物の時計遺伝子が発見された後は、SCN組織培養の研究はイメージング研究にシフトする。SCN組織培養をもちいてSCN細胞個々のリズムをSCN組織を維持した状態で計測したのは岡村先生の報告が最初である。当時アメリカコロンビア大学Silverの研究室に留学していた自分の研究の一つがSCNカルシュウムイメージングであり、共同研究していたカルシュウムイメージングの大御所であるコロンビア大学Yusteの作製した個々の細胞のデータを解析するプログラムの使用に関して岡村先生がコロンビア大学に来られた時がありましたが、岡村先生の話を聞きに多くの学生やポスドクが部屋に来て入りきれないほどだったことを思い出します。それほど当時はインパクトのある仕事だったと思います。それ以降はSCN組織培養の研究は、劇的な進化は無いように思われる。イメージングでもちいる単層組織(極薄組織)ではリズムのリズムのモデル化には最適かもしれないが実際の個体のリズム性を説明するには別次元の話でありある程度の切片の厚さが必要となる。今では誰でも簡単にSCN組織培養ができる時代だがペースメーカーとしての時計中枢の個体に対する制御機構には今までに無い新しい方法が求められると思われる。

Hamada Lab.

Why do we become more susceptible to disease and disability as we age? 体内時計研究  Department of Pharmaceutical Sciences International University of Health and Welfare (IUHW) Tochigi, 324-801, Japan